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2006年12月1日(金)
ヨーロッパから帰国して1週間になるが、日頃つい朝まで起きて慌てて寝ることが多いせいか、時差ボケらしい時差ボケもほとんどなかった。もっとも一度、人と電車の中で話していて目が開けられないくらいの睡魔に襲われたことがあったが。 以上1日分/掲載日 平成18年12月1日(金) |
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2006年12月3日(日)
2日の夜、新潟に介護福祉士で『古武術介護入門』の著者である岡田慎一郎氏と陽紀と3人で到着。3日の新潟県介護福祉会の講習会に講師として臨む。この会は、ヨーロッパ帰国後のほどない時期に5時間の長丁場ということもあり、依頼は私に来たのだが、私が岡田氏にも助っ人を頼んだのである。岡田氏の講師としての手腕は想像以上で、結果として招いて下さった方々には満足して頂けて幸いだった。 以上1日分/掲載日 平成18年12月6日(水) |
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2006年12月6日(水)
ヨーロッパから帰って、すでにヨーロッパに滞在していた日数と同じくらいの日数が経ったが、帰国後、諸用がたて込んで、まだ留守中に頂いた手紙類に全部目が通せない状態。 以上1日分/掲載日 平成18年12月7日(木) |
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2006年12月7日(木)
5日の夜遅く新潟から帰って、6日7日と家にいたが、まだ11月中に届いた郵便や依頼の対応が終っていない。というのも両日とも10件以上さまざまな依頼や打ち合わせ事項が入ってきたからである。特に7日は某所へ出す履歴書書きにひどく時間を使ってしまった。なにしろ写真入りの履歴書など生まれて初めて書くためひどく苦労した。それにしても自分が出した本の刊行年月日を調べるのに思いの外苦労した。こんなにも出したのかと我ながらあきれる思い。このなかで、出して意味のあった本がどれだけあったのかとフト慙愧の思いにかられた。 |
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2006年12月11日(月)
9日10日と長野での講座を終え、10日はそのまま横浜へ。身体教育研究所の野口裕之先生から話を伺っていたアイルランド人で薩摩琵琶の奏者であるT氏の演奏を初めて聞く。 以上2日分/掲載日 平成18年12月12日(火) |
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2006年12月16日(土)
昨日は、私がヨーロッパから帰国後、誰よりもお会いしたいと一番待ち望んでいた身体教育研究所の野口裕之先生の許に伺うことができた。とにかく、いま私が陥っているアイデンティティ喪失症について、野口先生が一体どのような見解を示されるのか、そのことが何よりも知りたかったし、同時にこのことに関して野口先生に、何か縋るような思いもあったのだと思う。 以上2日分/掲載日 平成18年12月16日(土) |
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2006年12月19日(火)
12月17日、約2ヶ月半ぶりに千代田区の体育館で稽古会。渡欧帰国後、カメレオンのように変わる自分自身の変化にすっかり振り回されているが、17日の、この千代田区での稽古の後、フト何かずいぶんと懐かしい感情が湧いてきた気がしたので、あらためて記憶を探ると15年か20年近く前、つまり井桁の術理などにも気づく前のこうした一般公開の稽古会を行った後に感じた心の状態の断片に重なったように思われた。
ただ、相変わらず『願立剣術物語』も無住心剣術関係の『前集』や『中集』も読む気にならない。 そして今日19日、なぜか突然弘法大師空海の著作が無性に読みたくなって、諸用が山積みしていたが、つい『弘法大師著作全集』を開いてしまった。そして『遍照発揮性霊集』といった書簡集にしても『三教指帰』といった初期の戯曲形式のものにしても、ついつい活字を追ってしまうのは、その韻律に何かひどく惹かれるものがあるからかもしれないと思った。 そんな中、とにかく右を向いても左を向いてもやらねばならない事が何十もあって、そのどれかをやりかけていると「ああ、あれも、これも」と次々に思い出し、はかがいかないこと夥しかったが、誰か話が通る人と電話で話をすると、そんな事も、もう何もかも吹っ飛んで話にのめり込んでしまう。お陰で、いま願立や無住心剣術の伝書が読めないことはそれなりに意味があるという事を、17日に感じた印象から一歩進んで思うようになった。つまり、借り物の言葉ではない、本当に私の実感から出てくる言葉を得るということにの大切さに関連して「香嚴(きょうげん)撃竹」の話を思い出していた。 このことについて詳しく書きたいが、さすがに明日からの関西行きの用意もしなければならないし、その他用件が山積みなので今日はここで筆を置く。関西で、あるいは帰京後、年内に思いがけない気づきでもあったら、その時、香嚴智閑の話も、あらためてすることが出来るかもしれない。 以上2日分/掲載日 平成18年12月20日(水) |
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2006年12月22日(金)
20日、21日と関西で講座をして、動きについてあらためて気づくこともあった為か、どうやら技は以前より利くようになってきたようだ。しかし、私自身の気持ちとしては、本当に日常の、例えば台所で洗い物をして、それを食器棚に片づけているような動きや、手に刺さった小さなトゲを抜くような動き、人に呼ばれて何気なく振り返る動き、そうしたことの応用に過ぎないものを仰々しく人を集めて教えているというか解説している自分に、かつて感じたことのない違和感というか申し訳なさがある。「あんな技なんて別に大したことがない。目くらましに過ぎないさ」と批判、批難されたら、本当に「そう、そう」と同意したい気持ちである。 以上2日分/掲載日 平成18年12月23日(土) |
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2006年12月27日(水)
2日ほど前から何とかこの随感録を書きたいと思いながら、さすがに次々と押し寄せる優先順位を考える暇もない急ぎの用件の数々に書くに書けないでいた。今年はとうとう道場の大掃除どころか掃除らしい掃除も出来ないで終りそうだ。 以上2日分/掲載日 平成18年12月28日(木) |
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2006年12月31日(日)
気づけばいつのまにか大晦日。
それと私自身に関していま思い浮かぶことは、暮れギリギリに気づいた厚板に釘を打って、もうちょっとで釘が打ち込めるという時に、その釘の先端が硬い物に当たって入っていかなくなった時、その釘の頭が強い力を受けるという現象から気づいた術理の展開。これは、この釘の話と大きな岩を竹竿で支える時、その竹よりも少し太めの鉄パイプか何かでその竹の撓りを抑えてやれば、竹繊維の縦方向に対する抗力は相当に丈夫なので、かなりの巨岩も支えられるという話と結び付き、相手に対して触れた腕なり肩なりが相手の防禦でロックされると、そこに自然に力が立ち上がってくるというもの。 このような状況ですので、新規の御依頼は、その多くをお断りすることになってしまうと思いますが、現状をお察しいただき御理解いただけますようよろしくお願い致します。本年も多くの出会いがあり、たくさんの方々に助けて頂きました。ここにあらためて御礼を申し上げます。来年も何卒よろしくお願い申し上げます。 以上2日分/掲載日 平成18年12月31日(日) |
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