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2005年1月2日(日)
気がついてみると2005年乙酉(きのととり)の年は、もう1日過ぎて正月二日になっていた。数日前から2004年の終わりに臨んで、何か書こうと思いながら何も書けぬまま年を越し、元日ももう過ぎてしまった。 以上1日分/掲載日 平成17年1月3日(月) |
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2005年1月3日(月)
暮れから浮世離れしたモードに入っていた私を揺さぶるような便りが続々と入ってくる。そのなかでも群馬大学の清水先生の情熱は群を抜いている。御自身が日本のエイズ研究の草分け的存在でありながら、科学について、医学について、人間にとっての幸せを置き忘れ、それを口実にはしていても現実には研究の進展にしか興味のないような医学界に対して、これほどの情熱をもって告発し続ける科学者は、日本でもそう何人も存在しないのではないだろうか。 以上1日分/掲載日 平成17年1月4日(火) |
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2005年1月6日(木)
やらなければならない事は山積みしているが、稽古をし出すと、のめり込む。5日も午後から来館者があって技の工夫をする。総合格闘技関係の人も混じっていたので、最近の工夫をいろいろやっているうち気づきがいくつもあったので、つい蔵前の会に出る時間に間に合わなくなり、稽古していた恰好のまま、暮れに四国の守氏から届いた藍染の半纏(はんてん)を羽織って飛び出す。半纏の下はやはり藍染の道衣で、下は私が特注した極太の藍染の柔道衣。この、まるで植木職人のような恰好で草履ばきだと駅の階段もこんなに楽かと思うほどで、それだけに着物に袴、そして朴歯という普段の私の外出姿は常に転倒に気を配っていて、自然と稽古になっているのだろう。蔵前には少し遅刻する。 手は車の如し。車の道をよく直に押せば自由自在なり。横に押せばたちまち砕けるなり。習いの道を我が太刀の行く処まですらすらとやれば敵の怒りは我と砕け落ち、敵も独り行き、我も独り行く道也。向こうへ行く心の車一つ左右へ行く車一つ此の二つを合わせて四方輪也。しかるゆえ玉を転ばすの形是なり。此の輪を回すこと大事也。太刀のあたる際にて俄にちやくと回すこと悪し。初めなく終わりなし。循環の端無きが如し。
ここで、「左右へ行く車一つ」というのは、向こうへ行く(前へ行く)心の車を、ただの車輪ではない球とするために、常に前方向と直交する円を描く左右の車の連続体であり、球を形作っている円だと思う。すなわち、常に回転し、前転して行く車輪の集合体としての球なのだと思う。 以上1日分/掲載日 平成17年1月7日(金) |
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2005年1月9日(日)
「今日の京都の講習会は夕方からだから、ゆっくり出ればいいな」と安心していたせいか、思いがけず11時まで寝てしまい、大慌てで仕度して家を出る。どういうわけか神様は、常に私をせきたてるような状況を作るのがお好きなようだ。ただ、お蔭で久しぶりに7時間以上寝られたため頭はスッキリした。昨日までの技の展開も、何だか随分昔のことのような気がする。 以上1日分/掲載日 平成17年1月10日(月) |
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2005年1月13日(木)
昨日12日、夜10時すぎに帰宅。3泊4日の旅も決してのんびりしたものではなかったが、帰ってみると、またいくつもの依頼のFAXやら何やらが溜まっており、それらに一応ザッと目を通して寝たが、旅の疲れで7時間ほども寝ると、起きてからが大変だった。片づけをしている最中に何件もの電話。電話が一段落した時、シナジェティックス研究所の梶川氏から『宇宙エコロジー』(美術出版社刊)の大著が届く。光岡師も深い関心を寄せているテンセグリティについて詳しく書いてある。 明日は池袋の講座。その前にも人が来るし、次回23日に名古屋を経て関西に行くまで、殆ど休める日はなさそうだ。そして、関西にいる25日、新潮社の『身体から革命を起こす』が刊行される。この本は既に何度も言っているが、今まで私が出した本の中で最も社会に影響を与える本となるだろう。それがどういう波紋を広げてゆくのか分からないが、出来る限り私にとって納得のいく方向に身を置きたいと思う。 以上1日分/掲載日 平成17年1月14日(金) |
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2005年1月17日(月)
曲芸のようなスケジュール消化が、いつの間にか始まっている。13日、NHKの撮り。それが終って藤沢の朝日カルチャーセンター。深夜に帰って14日は郵便物やら片づけをやりかけているうち、急に来館が決まった桑田投手が少年野球のスタッフ同伴で来館する。久しぶりだったし、普段にも増して楽しそうな様子だったので、池袋コミュニティカレッジに出かける時間ギリギリまで稽古。桑田氏らに解説しているうちに、極短距離走の稽古と工夫は、殆どの武術やスポーツの体づくりの基盤に好適であることが実感されてきた。 以上1日分/掲載日 平成17年1月18日(火) |
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2005年1月19日(水)
「盆と正月が一緒に来たようだ」という表現は昔からあるが、今の私は新潮社の本の刊行を目前にし、地震と大掃除と法事と葬式と誕生日と結婚式等々が同時に来ているような状況…。 以上1日分/掲載日 平成17年1月19日(水) |
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2005年1月20日(木)
20日の午前2時28分、市ヶ谷の私がいつも泊まる旅館で、新潮社の足立女史から『身体から革命を起こす』(からだから かくめいを おこす)の見本本を受け取る。受け取る時間がこのような非日常的時間になったのは、足立女史が大変忙しかった事と、私が足立女史に渡す献本名簿と献辞書きに大幅な時間を要したためである。 以上1日分/掲載日 平成17年1月20日(木) |
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2005年1月21日(金)
19日から市ヶ谷の旅館に2泊して原稿書きをしたが、20日の夜は、ついに風邪でダウン。20日はあまりにも大量に鼻水が出るので、近くの薬局でティッシュペーパーを1箱買ってきたが、21日は猛烈な腰のダルさに頭も痛くなり、典型的な風邪の症状…。 以上1日分/掲載日 平成17年1月22日(土) |
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2005年1月22日(土)
風邪で寝ていると、40年くらい前の少年時代の感覚がフトしたはずみに鮮烈に蘇ってくる。 以上1日分/掲載日 平成17年1月22日(土) |
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2005年1月28日(金)
風邪気を引きずりながらも何とか23日からの全日程をこなして、25日には、まあまあの体調で家に戻ることが出来た。体の方は、本当は熱も出し、汗もかいてリセットしたかったのだろうが、「今は倒れられない」との思いが強かったのだろう。熱も汗も出ることもなく体調は戻りつつある。あまり良い事とも思えないが、4月後半からの休業までは何とかもたせなければならないから何とも仕方がない。 以上1日分/掲載日 平成17年1月29日(土) |
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2005年1月31日(月)
見事な東北の雪景色を、山形新幹線の車窓から眺めながらこれを書いている。29日、30日と仙台で稽古会を行なったが、柔道指導者のW先生からの質問のお蔭で、またいくつもの技が出来た。たとえば、足払いに対して、いくつもの密着して吊るされた鋼球の端を打つと、間の球が動かず反対側の球がハネ上がるように、自らが相手の力を伝えて相手に返す因果応報的動き等々。ただ、風邪が抜けておらず、しょっちゅう鼻をかんで、水で喉を潤しながらの講習会になってしまい申し訳なかった。
日本人力士が勝てない原因を現代の若者に共通するひ弱さに求める意見に対し、「それだと柔道や水泳といった競技の選手がアテネ五輪で大活躍した理由が説明できない」と反論するのは、作家の堺屋太一さん(69)だ。「むしろ、相撲という特定の競技に人材が集まらなくなった、と考えるのが合理的」
では、どうして人材が集まらなくなったのか。
「企業にリストラの嵐が吹き荒れ、終身雇用制が崩壊し始めた1990年代前半以降に就職期を迎えた世代からは、一つの集団に生涯をささげるという意識が急速に失われています」 ―後略― 2005年1月29日付 読売新聞より
私が堺屋氏の反論に反論したいのは、水泳や柔道といった競技と相撲とでは、その基盤となる人材の在り方が全く違うということである。相撲は、プロになるにはまず体格の問題がある。昔から「体が大きいから相撲取りにでもなるか」という話が多かったように、体格が人並み外れて大きいことが前提であり、それだけに相撲に入門する前は素人であった者が多い。現代のように体格が大きい者が昔よりも増えた時代では、体格だけで、すぐ「力士にでもなるか」という発想は遥かに減っただろうが、体格に恵まれていることが非常に大きな前提条件であることは変わりない。 以上1日分/掲載日 平成17年1月31日(月) |
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