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2005年6月6日(月)
数日前、以前読売新聞の書評に出ていて、是非読んでみたいと思っていた本『禅という名の日本丸』(弘文堂)が手に入ったので、宿題のいくつもの本の校正や執筆の合間に開いてみたところ、予想以上によく検討・考察された内容に著者山田奨治氏の苦労が十分に伝わってきた。 以上1日分/掲載日 平成17年6月8日(水) |
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2005年6月9日(木)
「天才は練習しない」という事について、ずっと考え続けている。この場合の「天才」というのは、「本来は」という意味も含んでいる。「天才は」などと書くと、「まあ天才は別かもしれないけれど、普通の才能の者は…」などといった逃げをうつ意見が必ず出るだろうから。 以上1日分/掲載日 平成17年6月10日(金) |
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2005年6月10日(木)
今日6月10日付の朝日、読売の各新聞にも広告が載っていたし、この随感録では5月末頃に、この事について書いたので気がつかれた方もあると思うが、今日10日発売された『文藝春秋』誌7月号のなかの特集の1つ「人生の危機に読む本」31冊の中に、私が挙げた『大地の母』が載っている。同誌を開くと、文章は私が書き送った通りだったが、タイトルの「狂信的信仰の悲喜劇」を見た時は「エッ」と驚いた。これでは私が推した紹介文とかなりのズレがある。せめて「狂信的信仰の悲喜劇と純粋さ」にして欲しかった。 以上1日分/掲載日 平成17年6月11日(土) |
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2005年6月12日(日)
ここずっと体の改革のためにも完全にひきこもっている私だが、その状況を点検してアドバイスをいただくため、11日は整体協会身体教育研究所の野口裕之先生の許にうかがった。 という次第ですので、当分の間、私は一切読み書きを致しませんので、メールは勿論、お手紙も控えていただくようお願い致します。 以上1日分/掲載日 平成17年6月12日(日) |
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2005年6月13日(月)
読み書きが出来ない、体に負荷もかけられないという状況だが、〆切が目前に迫った原稿がある。ここで野口先生との約束を破り、無理をするわけにはいかないので、こういう事には異能のあるKさんに来てもらい、初めて長時間に亘って口頭のみによる校正と原稿の口述筆記を行なう。口述筆記は以前試みたこともあったが、まだるっこしくて、とても続けられなかった。しかし、状況がこうなると背に腹は変えられず、延々8時間集中力も途切れずに、何とか当初の目的以上のところまで済ませることが出来た。Kさん、真にご苦労様でした。 また今日、読み書きが出来なくなったというのに本がいろいろ届く。京都の有志からは『ロマンアルバム・サムライチャンプルー』というムック本が届く。私はこの世界には全く不案内だが、かなり人気のあるアニメ作品らしい。しかも驚いた事に、この作品に私が書いた『剣の精神誌-無住心剣術の系譜と思想』が大きな影響を与えているそうである。(このムック本にその事が書いてあるようだ)本を出すという事は、いったん出してしまうと著者の元を離れ、様々な所へ流れて行くようだ。流れ着いたその先で思わぬ働きをする本も出てくるところは、本を刊行する事の面白みでもあり恐ろしさでもある。 今日は、また同じ便で『江戸という幻景』(渡辺京二著 弦書房刊)が届く。著者の渡辺京二氏は、4月8日にこの随感録で紹介した『逝きし世の面影』という大著の著者である。私がこの本に感激し、拙著『身体から革命を起こす』を渡辺氏に献本したところ、一昨日、丁重な礼状を頂き、今日、版元の弦書房より本書を送って頂いたものである。現在読み書きが出来ない状況なので読むことはかなわないが、読めるようになったら是非精読させて頂きたい。 また、埼玉県立久喜図書館からは、拙著『古武術からの発想』を、本を直接読むことの出来ない方の為に朗読した90分テープ4巻が届く。よりにもよって、本が読めなくなった直後にこういうものが届くのだから不思議なものだ。 この状態がいつまで続くかは野口裕之先生の御判断次第だが、そう簡単に解禁になるとは思えない。非常事態ですので、私に御用のある方は宜しくご配慮をお願い致します。 以上1日分/掲載日 平成17年6月14日(火) |
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2005年6月22日(水)
11日に野口裕之先生に読み書き禁止を申し渡されて以来、原稿書きも校正も口頭で行ない、野口先生の指示を忠実に守って約10日間が過ぎた。(何しろ野口先生の内観による感覚は猟犬のように鋭く、もし私が指示を守らなかった場合は、確実に見抜かれてしまうからである) 以上1日分/掲載日 平成17年6月22日(水) |
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2005年6月26日(日)
整体協会、身体教育研究所の野口裕之先生に読み書き禁止を申し渡されてから2週間、昨日25日、ちょうど2週間ぶりに体を観ていただきに身体教育研究所へ。 天明・寛政の頃、ある僧が江戸からの帰り木曾山中で馬に乗った。道のけわしい所に来ると、馬子は馬の背の荷に肩を入れ、「親方、危ない」と言って助ける。あまりに度々なので僧がその故を問うと、馬子は「おのれら親子四人、この馬に助けられて露の命を支えそうらえば、馬とは思わず、親方と思いていたわるなり」と答えた。この馬子は清水の湧く所まで来ると、僧に十念を授け給えと言い、僧が快諾すると、自分は手水を使い、馬にも口をすすがせて、馬のあごの下に座ってともに十念を受けた。十念とは南無阿弥陀仏の名号を十遍唱えることをいうのであるが、この男は僧を乗せる時はいつも賃銀は心まかせにして、その代わりに僧から十念を受けて、自分ら家族と馬とが結縁するよすがとするのだということであった。
今の畜産関係者が、この馬子の爪の垢でも煎じて飲めば、BSE問題など起こる筈もなかったろう。
摂津国に富豪でありながら儒学に長じ、しばしば世に陰徳を施した男がいた。この男が死んだとき、遠近から男女群れ集まって泣き悲しむこと、ちょうどお釈迦様の入滅なさった時もこうだったかと思わせるほどだったが、ここに一人の無知な老婆がいて、その言うことには、「これほど学問なさってさえも善い人であったのに、もし学問なさらなかったなら、どれほど善い人であったかなぁ」。
無知といえば無知そのものの老婆だが、こういう人間が社会の中に少なからずいた時代はどんなにか伸びやかな社会であったろうか。明治にはその名残りもあったろうが、いまは絶滅してしまったと思う。最近出来の悪さを親に指摘され殺人に走った少年がいたが、あの親がほんの僅かでもこの老婆のおかしみを解する心があったなら、あのような事は起こらなかったろう。 以上1日分/掲載日 平成17年6月27日(月) |
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