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2005年3月4日(金)
走っているタクシーのラジオで「3月になったのに雪ですね」という声が聞こえ、「そうか、いま3月か」と気づかされる。2月の末に旅館に籠ってPHPや仮立舎の仕事をして、その後、日本実業出版社の関係者と本の企画の打ち合わせ。そのあと、朝日カルチャーセンターに、そこから出かけ、終って朝日新聞の土曜紙beのインタビュー。それを終えてまた旅館に帰って、また仕事…。 今日は雪のなか、幕張メッセに行って、日本ボールルームダンス連盟の大会「第5回コングレス」で講演。すぐ取って返して三番町のPHP本社で本の原稿の整理と書き足しと写真の照合。7時ごろまでPHP本社に居て、東京駅に駆けつけ新大阪に向かう「のぞみ」に乗って、今これを書いている。今日はTさん、Oさん、Oさん、お世話になりました。 明日は山田先生の待つ淡路島へ向かう予定。そして翌日は、そこから香川へ向かう。しかし、旅の先々にNHKの「ようこそ先輩」制作スタッフや新潮社から次々とファックスが入る。『身体から革命を起こす』は4刷に入ったというし、その書評等が『週刊文春』『エンジン』『MOKU』誌等々に出て、どうもこの本のマグマが溜まり出している不気味な予感がする。何しろ今まで車中などでサインを頼まれたことは稀にあったが、今日のように2件という例は初めてで、そうなると4月13日水曜日夜の「課外授業 ようこそ先輩」の放映後の反応が今から恐ろしい。 以上1日分/掲載日 平成17年3月5日(土) |
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2005年3月8日(火)
今回の淡路島・四国への旅は、その前後の寄り道も少なかったが十分に内容は濃かった。まず、淡路島があんなに大きいとは意外だった。琵琶湖とほぼ同じ大きさとの事だが、「琵琶湖があんなに大きかったかなぁ」と思うほどだった。大阪駅から高速バスで約1時間40分、洲本インター駅には洲本高校の先生に出迎えて頂き、県立洲本高校へ。卓球台が何台も並ぶ多目的ホールで、卓球の指導者の方々や洲本高校の先生、そして卓球練習中の中学生や高校生、大学生といった面々30人ほどだったろうか。 以上1日分/掲載日 平成17年3月9日(水) |
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2005年3月10日(木)
昨夜は、約4時間にわたって梶川泰司シナジェティクス研究所々長と会談。初対面以来約15年経っているが、彫りの深いちょっと日本人離れした風貌は昔のまま。私の家の近くの自然食レストランで、恩師バックミンスター・フラーに関して、その才能にあらためて感じ入っていること、テンセグリティに関しては、これが如何に奥の深い原理であるかという事と、それだけにその取り扱いは誤解がきわめて生じやすいこと等々を語られ、その合間にフト顔をほころばせながら、近くの農家から畑の大根を3000本持っていっていいと言われ、300本貰って切干大根をつくった話など聞かせて頂いた。 今日10日は、角川書店で介護本の実技の撮り。同席したのは、岡田氏とモデルのT女史、それに見学者としてI書院のT氏。岡田氏と会うのは、そう日にちも空いていないと思うが、私が少し前に気づいた手指の張りを様々に応用し、長座で座っている人を立たせる「添え立ち」が一段とスムーズになっていたのには驚いた。その他、「さすがに餅は餅屋だなぁ」と感じ入るような細やかなテクニックもあって、実技の主役は完全に岡田氏。以前から「介護は岡田氏主導で展開してもらおう」と思っていたが、今回のことで完全に介護の方は岡田氏が私よりもずっと多くのものを受講される方々に提供できることを確信した。したがって、『身体から革命を起こす』等を読まれて、介護法に関心を持たれた方は、新潮社を通して岡田氏に連絡をとっていただきたい。(私も岡田氏と連絡を切らさず、岡田氏と共同研究を行ない、岡田氏にそう見劣りしない程度に介護の技も磨いてゆきたいとは思っているが…)
そして夜は市ヶ谷の旅館に泊まって仮立舎の原稿の校正。これは、先日の四国への旅の途中に赤入れを終了して送るはずだったが、どうにも時間がなく持ち歩いているもの。とにかく、今の私の状況は、どうにも水漏れの止まらない桶のようなもの。やりかけの事、やらねばならない事が右にも左にも正面にも山積みしていてボタボタ洩れ落ちている。 以上1日分/掲載日 平成17年3月11日(金) |
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2005年3月15日(火)
いつもいつも、忙しい忙しいと書くのは芸のない話で恐縮だが、休業の4月中旬をあと1ヶ月に控えて、その多忙さはもはや我がこととは思えない。私の場合、誰かと会う対談とか講座とか、ハッキリと時間を拘束されているものは、多くても日に2〜3件ぐらいだが、とにかくさまざまな用件の問い合わせやら打ち合わせ、そして片づけと整理がどうしようもなく増えてきて、電話をすればホンの2〜3分で済むかなり急な用件すら何日もその電話をかけ損なっている。そのため数ヶ月持ち越して、本当に済まないと思っているゲラへの赤入れも時間を盗むようにしてやっていたため、この間も乗り換えるべき電車も降り損ね、思わぬ回り道をしてしまった。
13日は千代田の会。昨日14日は筑摩文庫の仕事で、赤坂で鼎談。その後、フト気がついて、紀伊国屋本店に寄って、21日の講演会の場所の下見をする。講演会の打ち合わせは16日の予定だったが、この日は会場が塞がっているとの事で、昨日寄ることが出来て幸いだった。昨日打ち合わせを行なったために、1度は依頼があり、その後用意が十分できないので止める方向に傾いていた手裏剣術の演武も行なう方向が出てきたし、会のやり方も当初の予定とかなり違ってきた。しかし、昨日紀伊国屋ホールに行って、私が何より興味深かったのは、大掛かりな舞台装置を上げ下げする原理が"釣瓶井戸"と同じで、よほど重いものでも錘を増やせば人が手で上げ下げ出来ること。私の"平蜘蛛返し"に代表される一連の技の原理について、あらためてその技の有効性を教わった気がした。
今日は特に忙しいので、ホンの10行ぐらいにしようと思ったが、書き出すとつい手が止まらなくなり、このように千字以上も書いてしまた。 以上1日分/掲載日 平成17年3月16日(水) |
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2005年3月24日(木)
4月中旬からの休業を前に、諸々の予定用件は数え切れないほどにある。 以上1日分/掲載日 平成17年3月25日(金) |
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2005年3月28日(月)
3月の25日から関西での3日連続の講座や稽古を昨日終え、昨夜から今日の昼にかけては、主のいない名越康文宅で倒れこむように寝ていた。夕方遅く、ようやく食材を買いに出たが、夕闇の迫る大阪の多少下町がかった雰囲気もある通りを1人で歩いていると、現在自分が置かれている立場やら、〆切の迫った原稿やら何やら、さまざまな用件がある事も全て忘れ、何だか1人でひっそりと隠れ棲んでいる天涯孤独な人間のような気がしてきて、我ながら呆然としてしまった。 以上1日分/掲載日 平成17年3月29日(火) |
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