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2004年9月4日(土)
相変わらず時間がザルで掬う水のように消えていく。暑い暑いと思っているうちに、日が落ちれば、もうすっかり秋の気配。樹上での青松虫の合唱が一段とにぎやかになってきた。 以上1日分/掲載日 平成16年9月5日(日) |
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2004年9月6日(月)
最近、腹のこと、丹田のことを考え、フト『聖中心道肥田式強健術』を読み返す事があるが、それに関して晩年の肥田春充翁は、遥か先の人類も醜い争いをしている幻影を見て絶望し、拒食拒飲症に陥ったという事を嫌でも思い出してしまうのは、連日ロシアで起きた小学校での惨劇報道に接しているからだと思う。 以上1日分/掲載日 平成16年9月7日(火) |
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2004年9月8日(水)
昨日は、外務省からの日本紹介のビデオ撮りを松聲館で行ない、今日は『婦人公論』誌の介護に関する記事のインタビューと写真撮影のため、神奈川リハビリテーション病院へ、介護の専門家岡田慎一郎氏を同行して、『婦人公論』のH記者、フリーライターU氏とハイヤーで向かう。
明日は、まず『アエラ』誌の担当者と会い、次いで漸く出来てきた新潮社の本のゲラを見ての打ち合わせ、そして講演会と三段構えの用件を超えて、なお深夜のゲラ読み等々の仕事が待っている。 以上1日分/掲載日 平成16年9月9日(木) |
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2004年9月14日・15日
本来なら、この時間は、もう新宿からJRに乗って、蔵前の公開稽古会に向かっていなければならないのだが、両手両足に頭を動員しても支えきれない用件に、文字通り手足をとられギリギリで家を飛び出しかけて、一昨日から今朝の5時半まで、そして今日午前中から赤入れをやっていた新潮社の原稿を置き忘れた事に気づき、慌てて戻ってバッグに収容。そこで駅に向かったのだが、10秒ほどの違いで信号待ちでバスを逃しタクシーも逃し、結局20分遅れの電車に乗って車中で続きの校正をしようとしたらメガネがない。今までにもメガネを忘れて困った事があったので、バッグには予備を入れているのだが、数日前この予備を使うことがあり、それを懐に入れて帰ったのでバッグに戻し忘れていたのだ。
今日9月15日は、終日17日の名古屋大学から始まる一連の旅の準備やら荷造りやら、新潮社とは別の本の校正・原稿書き、打ち合せ等々で暮れる。しかし、やればやるほど用件が思い出されてきて果てしもない。また新しい企画もあるが、先日10日池袋で受けた、ある健康雑誌のインタビューのような前代未聞の経験もあるから、新企画はどうも気乗りがしない。 以上1日分/掲載日 平成16年9月16日(木) |
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2004年9月19日(日)
17日に東京を発ち、この日午後1時から4時まで名古屋大学で講演。名古屋駅までは山口氏と名大のM氏に迎えに来ていただいた。まだ名大は夏休み中という事もあってか、学生諸氏よりも一般参加の方が多かったような感触だった。中には武術を専門とされている方(武術雑誌でお顔を見た記憶があった)も見えられていて、会の終了後、御挨拶にみえられたので、ちょっとだけだったが武術談義が出来た。 以上1日分/掲載日 平成16年9月20日(月) |
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2004年9月22日(水)
17日に家を出て、17,18,19、20日と、連日講座で体を動かし続け、その上睡眠時間がずっと3~4時間だったが、体を動かし始めると不思議と動けた。これも自分にとって興味のある事をやっているからこそだろう。
それにしても、あと1週間くらいしかない今月の予定の混みようは、全部こなせるかちょっと不安である。なにしろ3冊の本の仕上がりが重なってきていて、その上稽古会や講座、写真撮影2件、JAXAの的川先生との面会がある。そして10月は早々から東北へ。帰って数日して甲府、中旬からは鳥取・愛媛・大分と回ることになっている。 以上1日分/掲載日 平成16年9月23日(木) |
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2004年9月24日(金)
22日、大阪から上京する名越氏と大阪駅で待ち合わせ。約10年ぶりに一緒に新幹線に乗って帰京。東京駅で、この先縁が深くなりそうな思いがけぬ人と出会い、しばらく話をして帰る。帰ってみると手紙やFAX等々が手提げの紙袋いっぱい。 以上1日分/掲載日 平成16年9月25日(土) |
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2004年9月30日(木)
昨日はJAXA相模原へ。今年の6月、浜松町のJAXAで的川泰宣先生とお会いした時の印象が格別だったので、またいつかお会い出来ればと願っていた。ただ願っていただけだったが、JAXAと私を繋いで下さった未来工学研究所の光盛氏が、再び橋渡しをして下さり、1ヶ月ほど前に光盛氏からお電話があって、9月29日なら何とか、という感じでお約束した。しかし、日が接近するにつれて、これはとても無理なお約束をしてしまったな、と内心思ったが、私以上にお忙しい的川先生ではあるし、その的川先生の方でも楽しみにして下さっているというので、まあこうなれば成り行き次第と思ったものの、一昨日(つまり前日の28日)午前11時からの新潮社本の写真撮影を松聲館で行なっている時、少し目まいもして考え込んでいた。すると、そこへ的川先生からお電話があり、「文部科学省からの急用で、どうしても明日は都合がつかなくなったのですが、楽しみにしている人達が何人かいるので、どうぞ」との事。電話で的川先生の御都合が悪いと、まず伺った時、「私もちょっと用件がつまっていますので、又にしましょう」と言おうとしたのだが、的川先生の温かみのあるお声で丁重に謝って頂いた上、あらためてお誘いを受けると断り切れず、伺うことにしたのである。 以上1日分/掲載日 平成16年10月1日(金) |
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