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2004年5月2日(日)
昨日から今朝にかけては、久しぶりに途中目を覚ますこともなく8時間以上眠る。連休に入って問い合わせの電話も殆どない事は幸いだが、昨日新潮社の足立女史から連休中の一番の宿題ともいえる、この夏刊行予定の本1冊分の原稿(田中氏がまとめたもの)を託されたから、連休も私にとっては普段の日と殆ど変わりない。 以上1日分/掲載日 平成16年5月3日(月) |
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2004年5月6日(木)
この連休は、昨年の暮から今年の正月の休みの時と同じく、片付けにかなりの時間を使った。尤も、こんな話をしたら、昨日様子を見に来られた新潮社の足立女史に「えーっ、先生それはないですよーっ」と言われそうだが、妙なもので「やらねば」というゲラが20枚ぐらいだったら、つい集中してそれを一気にやるのだが、本1冊分となると、「ちょっと気分転換をして・・」とか、来週からの来客の事などを考え、ついつい片付けをしてしまう。 以上1日分/掲載日 平成16年5月7日(金) |
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2004年5月10日(月)
流石に私も心中青ざめてきた。現在の、そしてここ当分の間のスケジュールのつまり具合にである。
又、先週末は、私が畑村洋太郎先生と対談を行なったものが載った『文藝春秋』6月号と、刊行6年目にして2刷となった『スプリット』(新曜社刊)が届いた。『スプリット』は鼎談の著者の1人である精神科医の名越康文氏が、このところ『グータン』(フジTV土曜夜放送)で広く名を知られるようになってきた事で購読者が増えてきたようだ。
それから、もう時間もないので、これ以上今日の随感録を書くことが出来なくなってきたが、5月4日のNHK総合午後11時15分開始の『歴史生き方発見−この人を見よ−』の作り方には大疑問符をつけたい。噂には聞いていたが、NHKもこんな作り方をするのかと、今後のTV出演はよほど考えなければならないと思った。というのも、この番組では土方歳三を特集したのだが、土方が名を上げるため命懸けの道場破りをして歩いたという設定にしたいという思惑が制作者サイドに初めからあり、この企画で私に依頼があった時、そういうコメントを私に言ってもらいたいという雰囲気があったので、はじめから私が「そんなことはなかったでしょう。石田散薬という家伝の薬を売り歩いていたといいますから、辞を低くして教えを乞う形だったでしょう。当時はもう竹刀防具の打ち合いが盛んでしたから、その腕が上がらなければ認めてもらえなかったでしょうから、あからさまな道場破りなどして恨みを買うようなことには何のメリットもなく、まずしなかったと思います。もしも、そんな事をしたら、それこそ命がいくつあっても足りなかったでしょう」というように説明したのだが、NHK側は何と前半を放送せず、道場破りをしたら本当に命がけだったという所のみを放映していた。これは、「つまり土方はそれをやったんだな」と視聴者が思っても無理はないような流れで放映されたもので、この番組を後でビデオで観て、私は唖然としてしまったのである。
それにしても、これを書きつつ左手で岩波の『科学』のゲラを見る用意をしながら、今日もうすぐ始まる船川敦志氏との対談の用意。そのあと出かける夕方の朝日カルチャーの講座の仕度と、その後新潮クラブに泊まる際に持っていくものの用意。ポーラからの依頼稿のゲラの赤入れを封筒に入れつつ、突然にこのところよくはいている袴が面倒な事になったので、これを急いで修理に出さなければならなくなってしまい、これを縫ってもらったF女史へ送る準備。もう、全くどうして神サンは私をここまで追い込むのか、という状況になってきた。 以上1日分/掲載日 平成16年5月10日(月) |
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2004年5月14日(金)
「まったく神さんも、どうしてここまで私に荷物背負わせるかなあ」という状態である。10日は朝日カルチャーセンターの後、新潮社にカンヅメになる予定で出たが、朝日カルチャーセンターの講座で開始早々ラグビー選手のタックル潰しを行なった時、相手は思いっきり潰れてくれたのだが、あまり一気に崩れたので、そのあおりで潰れたラガーマンの右腕が激しく跳ね上がって私の左脇腹を強打、思いもしなかった不意打ちに一瞬息が止まったが、まさかそこでうずくまる事も出来ず、(「こういう事もあるのだ」という貴重な経験になった)何食わぬ顔で実演を続けた。 以上1日分/掲載日 平成16年5月15日(土) |
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2004年5月16日(日)
昨日はさすがにここ数日間の過労が祟ったのか、葉山であった或るパーティーの席上、主宰者の挨拶を立って聞いているうち目が回って油汗が吹き出してきたので、漸く近くの椅子に腰かけて、いきなりその場に倒れこんでパーティーの雰囲気を損なうような醜態は何とか防げたが、スタッフの方々にはすっかりお世話になってしまった。
思わぬ時間を過ごした後、新潮社の足立女史らと都内に戻り、私は精神科医の名越康文氏らと身体教育研究所に行くため二子玉川の駅で落ち合い、取り敢えず話をするためにレストランに入る。レストランには名越氏の他、今回名越氏のテレビの撮影現場でもずっとアシスタントを務めている、名越クリニックのスタッフで私も以前からよく知っているM女史、そしてこの3月半ばに御縁の出来た今井みはる女史の4人。
そして夜9時近く、もう大分フラフラしていたが、名越氏らと身体教育研究所へ。この日、野口裕之先生の公開講話があったので、それが終わって帰る人達と入れ替わりの形となったが、この講座に出席している人達の中に何人も見知った顔を見つけ、人に影響を与えることの恐ろしさを感じた。
こうした思いがけぬ流れで、どうなることかと思っていた15日から17日までの3日間の超ハードなスケジュールも一息つくことが出来た。 さて、明日は何人もの人を道場に迎え、夕方はバスケットボールのH選手の様子を見に行く予定。 以上1日分/掲載日 平成16年5月17日(月) |
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2004年5月19日(水)
新潮社で8月に刊行予定の本をあらためて作り直すことになって、少し余裕が出来たと思ったのも束の間、思い出したやりかけの原稿書きやら、週末に東北へ出かける仕度やら、「一体あそこで新潮社の企画が延期になっていなかったら、今頃どうなっていただろう」と背筋が寒くなる。 明日は6時30分から日本橋丸善でのサイン会とミニ講演会。多少実演もして最近の動きについて解説するつもりです。まだ会場には余裕があるとの事ですので、御縁のある方はどうぞ。(詳しくは告知板を御覧下さい) 以上1日分/掲載日 平成16年5月19日(水) |
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2004年5月22日(土)
今日は、仙台での稽古会。今回は「立蜘蛛返し」、「からくり屋敷」「逆さ独楽」の躱しなど、前回3月の稽古会以後に出来た技をいくつかやったが、片足にタックルされた時、相手に脚を持たれた状態から、持たせた状態にすればいいという、今週の火曜日18日に格闘家のN選手来館の時に思いついて作った「片足タックル返し」の技も、何人かの方々に体験して頂いた。 以上1日分/掲載日 平成16年5月24日(月) |
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2004年5月28日(金)
23日の仙台での稽古会の後は、数ヶ月ぶりに東北の山中深くにある炭焼きの佐藤家へ。佐藤家の周囲のコナラは、まだ銀色の抜けきらない新緑。タニウツギも、まだ蕾だったが、どこを見ても緑という環境は、他の何物をもっても変えがたい感動がある。
と、ここから書き始めて、今回の東北の旅は、山のように書く予定だったのだが、それを書くつもりだった26日、東京への帰路の新幹線の中では、東京駅でPHPの編集者の太田氏が、『武術の創造力』の文庫化に向けての直しを待ち受けているというので、高畠のDSSFで『武術の創造力』を1冊借り、車中では、直しと校正ミスの点検に時間を使ってしまった。そして、東京駅から新宿に出て、帰宅途中まで太田氏と打ち合わせを行ない、家に帰ってみると、5日間留守にしていた間に届いた手紙やFAXが、手提げの紙袋に入りきらないほど来ていて、その対応に、その夜も27日も追われ、しかもその間に、又新しい依頼の電話やらFAX・・。
それから(と、ついまた書き足してしまうが)感動的な事といえば、25日の夜、わざわざ新潟から私に会うため来ていたJリーグ、アルビレックス新潟の深沢仁博選手が、ディフェンスしようとする相手に接触した時、その力を利用して舞い上がり走り抜けるという、私がサッカー用に工夫した技が出来るようになった事である。 今回も、いろいろな方々にお世話になったが、仙台の森氏、藤田氏、伊藤氏、榊女史、炭焼きの佐藤夫妻、高畠の菊地氏、"まるみつ"の小関氏、DSSFの藤井監督、足立女史、栗田女史、そして共著のため来て下さった光岡師と鹿間夫妻には深く感謝の意を表したい。 以上1日分/掲載日 平成16年5月29日(土) |
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