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2002年7月8日(月)

まだ梅雨明け宣言も出ていないと思うのだが、昨日はまるで晩夏を思わせるような心地よい風と青空が印象的だった。 7月に入って早いものでもう1週間。6月の末は、神戸女学院大学での講座と稽古会、そして神戸女学院の内田樹先生御一行を名越クリニックへお連れして、実にユニークな座談のひとときを持った。

30日は岡山での稽古会。私の縁で来られた方は、きっと驚かれ、深く印象に残る一日となったと思う。

そして明けての7月1日、かねてから一度は行きたいと思っていた大三島の大山祇神社へ。四国の守氏の案内で岡山から数人の人々と行く。日本の国宝や重要文化財指定の太刀や甲冑などの武具の実に8割がここに集まっているという、武事には殊のほか縁の深い社であるが、社殿に入り宝物の太刀や薙刀を観ていると、体にグンと感じてくるものがあった。

それにしても本当に日が瞬く間に経つ感じで、留守中いろいろな方からお手紙やお電話、贈り物等を頂いたが、帰京してほとんど間を措かず稽古会や横浜での体育の先生の講習会があり、その上今週もいくつか講座等があるため、その準備に忙殺され御礼も儘ならないありさまである(すぐに返事の要るものへは対応したつもりだが、ひょっとして思い違いをしているかも知れない。もし、この『随感録』を御覧になってお心当たりの方は申し訳ありませんが、再度の御連絡をお願い致します)。

技の方は、容器としての動きを止めて、中のエネルギーを出すことに関して、それを二段三段と続ける工夫(ここ数ヶ月ずっと考えてきた)が、3日の夜少し出来始めてきた気がして、4日、5日、6日、7日と稽古会や講座の折、試みているが、上手くいきかけた時は頭の中が空白状態となるので、一体その時何が起きているのかの把握が難しい。

ただ、岡山から訪ねて来られた総合格闘技の選手に興味を持ってもらった固め技やら背後への回り込み方の工夫、あるいはまず外されなかったというガードを外すことが出来たりという事もあり、また合気道経験者と試みた合気道の代表的な技に対する返し技の工夫などに、今までは全く思いつかなかった動きが生まれてきたから、自覚的には一体何がどうなっているのかよく分からないが何かが変わりつつあるようにも思う。

それにしても時代の空気の重さは応える。何もかも放って、水と樹木の綺麗なところで、今日を明日を生きるに必要なことと、自分の納得のいく稽古だけをして暮らせたらどんなにか心が晴れるか…などとつい思ってしまう。

以上1日分/掲載日 平成14年7月9日(火)

2002年7月14日(日)

気持ちが低空飛行の時は、思いもかけぬ、しかも心に深く入ってくるような話を聞くことが何よりも効果的だが、私の分不相応に恵まれている畏友、異能者の方々の中でも、そうしたこちらが予想も出来ないようなコメントを発せられる最先鋭の人物というと、やはり最初に思いつくのは整体協会・身体教育研究所の野口裕之先生である。
最近はちくま文庫から『整体入門』の復刻版が刊行されたり、石原東京都知事が著書の中で触れたりと、一般的にも「整体協会創立者、野口晴哉」の名は以前よりも知られてきたと思うが、この晴哉先生の次男に当たられる野口裕之先生とお話しさせて戴いていると、つくづく極稀れなこととはいえ「天才は二代続くこともあるのだ」という思いに打たれる。とにかく、その発想と思考のユニークさは、まさに「余人の追随を許さぬ」感がある。親しく御縁をいただいて21年。この間、裕之先生の思いがけぬコメントに何度息を呑んだか分からない。

そして昨夜も唸らされたことが2つほどあった。1つは、科学とジャズが似ているということ。つまり科学は計測方法が、ジャズは演奏方法があるだけだ、というお話であり、もう1つは、私の最新の技法研究に対してである。
私は、身体という殻を止めることで中のエネルギーを取り出す方法を2連続させることに関して、2だが1に感じるように、音にたとえれば2つの音が2つの音に聴こえず1つのふくらんだ、あるいは濁った音に聴こえるようにと、2つの独立した動きが1つに感じられるほどに、その動きと動きの間を狭くしてゆくことにより、今までとは明らかに違った動きをこの7月に入ってから創りつつあるが、このことを野口先生や同行の名越、岩渕両氏に話していた時、「それはモンクの世界ですね」と、突然野口先生が言われた。
驚いて、「モンクって、あのセロニアス・モンクですか?」と思わず聞き返すと、「そう、あのモンクです。モンクはごく普通のピアノを使って、絶対に彼以外は出すことの出来ない音を出した訳ですけど、その音は譬えていうと、いま甲野さんが言われたその世界だと思いますよ」「つまり1つの音を出しているのに、それは1つの音じゃないんですよ」

私は今まで何度も裕之先生の思いがけぬコメントに驚いたことがあったが、このコメントは今まで20年以上も伺ってきた数々の驚くべきコメントの中でも最大級の驚くべきひとことだった。そのひとことは、長く長く尾を引いて響き続ける鐘の音のように私の心の中に響いていった。
何故これほど私が驚いたかというと、かつて名越氏やカルメン・マキ女史と共著『スプリット』の原稿を書いていた時、モンクのCDを名越氏宅で聞いたことがあったのだが、その時、数十秒で私が「ワァー、もう止めて下さい」と音をあげたからである。とにかく聞いていて、とてもではないが居たたまれない状態になったからである。「な、何なんだ一体、この音は…」と、とにかく、その凄さだけは十二分に分かったが、とてもではないが、聴いていると体の内側が苦しくて、のたうちまわり、この音についていけない気がしたからである。

「よりによって、そのモンクと、これから私が追求してゆこうとしている術の世界がリンクしているとは???」一瞬にして疑問符が3つぐらい付いた気がしたが、その一瞬が過ぎると、逆に「ウーン、そうか、モンクかぁー」と妙に嬉しくなるほどの気持ちが私を襲ってきた。
これは、私が10数年前に中国武術の稽古の中にあると聞いた、きわめてゆっくり身体、手足を動かす動きをちょっと真似てやってきたところ、2〜3分で精神的におかしくなりそうなほどのストレスを感じたのに、最近では全くそのようなことなく動けるようになり、以前に比べ身体の割れの細かさが進んだ実感があったこととも何か関係があるように思ったからかも知れない。
つまり「今モンクを聴いたら、あの6年ほど以前とは違って聴こえるかも知れない」と思ったからである。はたして実際に聴いた時、どのような感じがするか分からないが、是非近いうちに聴いてみたいと思う。

それにしても精神的に低空飛行時に忙しいというのは諸々の用件が渋滞するため、少し精神的にアップした時の忙しさは、その忙しさで又精神的におかしくなりそうである。なにしろ、「ああ、あの人にも手紙を、この人には電話を、ああ、もう御礼を言うのが遅すぎたなぁ…」などと自分の身体が3つほど欲しくなるから。その忙しさとストレスのためか、昨日はまた左の白眼に出血。私自身の自覚症状はないが、会った相手をギョッとさせてしまう。
何とかもうちょっとスムーズに毎日を過せないかと思うが、これも人生の税金かも知れないと半ば諦めの心境である。

以上1日分/掲載日 平成14年7月17日(水)

2002年7月24日(水)

先週は日々本当に書ききれないほど様々なことがあった。そのなかでも深く印象に残るのは、15日の月曜日、逗子で木彫彩漆工芸家の渡部誠一氏にお目にかかり、まさに絶品ともいうべき作品をわけて戴いたことである。
私は以前から工芸的なものは好きで、仕事柄手にする刀の鍔や縁、目貫などにも強く心惹かれるものはあった。

しかし、この日渡部氏に見せて戴いた作品のひとつは、特に何々にという用途があるわけではない落葉を彫り漆を施したというただそれだけのものであったが、息をするのも忘れるほど感動してしまった。これほどの思いは絶えて久しくなかったことである。「これは売り物ではなく、参考品として手許に置いておくつもりです。」との事で拝見させて戴いたのだが、一度それを手にしてしまうと、もう手離せなかった。
形、色、彫り、観れば観るほどよく出来ているのだが、同時にそれが極めてアッサリと当たり前で、まさに放っておけば自然と出来る木の葉そのものというか自然の造化を感じさせるものなのである。非凡な彫りと彩漆、まさに恐ろしいばかりの技術が、平凡すぎるほど平凡というか、自然そのものと一体化しているのである。

私の感嘆の仕方が恐らくは尋常でなかったのだろう。渡部氏は、何と私にその非売品を譲って下さったのである。しかも驚くほど廉く・・。私は思わず渡部氏を伏し拝んだ。今まで私は私にとって得難いものを入手出来た時、感激して厚く礼を述べたことは何度かあるが、伏し拝んだことはさすがになかった。
この作品を手に入れてから、食事を共にというお誘いを断ったのは、他に約束があったからでもあるが、それ以上御一緒していると何だかまたこの作品を取り返されそうな気がしたからでもある。
この日渡部氏は、私が長年思い描いていた剣入れの箱の製作も引き受けて下さった。いったいどのようなものが出来上がるか本当に楽しみである。

翌16日は、台風の中、先月対談させて戴いたY先生の所へH氏と行く。Y先生の身体観察眼は只ならぬものがあるようだ。この日Y先生の御宅の最寄り駅でIさんという方が私に声をかけてこられた。聞けば私がETV2001で見せた杖がキッカケで、御子息が杖を始められたとの事。Y先生宅に伺うまで若干時間があったので、近くの公園でIさん親子を前に少し杖と太刀を使って動いてみた。

17日は久しぶりに伊藤峯夫氏と稽古。この日は、容器としての身体を連続的に止める止め方にひとつの進展があった。この止め方は、翌18日、19日、20日と、その後続いた稽古の中で何度も検討し、今までにない体の使い方であることが確認された。
一言でこの動きの特徴を言うと、相手に向かってある作用が出てからエネルギーが雪ダルマのように大きくなってゆくというもので、セロニアス・モンクのピアノではないが、削岩機の連続切削を1つの音として聞こえるように、というような使い方。これはあくまでも1つの譬えだから、実際私の体の中で何が起こっているかは分からない。
モンクといえば、モンクのCD『Thelonious himself』と『Somthing in Blue』を、このホームページの前管理人であるA氏から早速送ってもらった。聴いていて「あっ、ここだ!」というところがあったから、野口先生の御指摘にはあらためて感じ入った。

いまA氏をホームページの前管理人と書いたが、A氏は時間的ゆとりもなくなったので、今回から柴崎氏に新しくこのホームページの担当をして戴くことになった。A氏の今までのご尽力に心から御礼を申し上げ、新しく担当される柴崎氏には、どうか宜しくと申し上げたい。
柴崎氏とは、まだ出会って1年半ほどだが、日常の履物に1本歯の朴歯を常用し、体質も変わってきた、ということだったから、この人物も相当変わっているだろう。私はいつも袴姿だから、どうしても人目を惹いてしまうが、作務衣に1本歯の柴崎氏と一緒だと、彼の方が目立つようだ。初めに書いた渡部氏との出会いも柴崎氏からの縁だから、柴崎氏とは意外と縁が深いのかも知れない。
とにかく人の縁というものの量り難さと、綾なしてゆくその展開にはつくづく人智を超えたものを感ぜずにはいられない今日この頃である。

以上1日分/掲載日 平成14年7月24日(水)

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